家庭と仕事【生きがいをそこに求めない】

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家庭と仕事【生きがいをそこに求めない】

 

多くの人は家庭を持つと自然と守りに入ってしまうようです。

 

 

特に女性は子供に対する愛情が男性とは比較にならない程に深いです。

 

 

だからこそ家庭や仕事に安定を強く求めるのだと思います。

 

 

ここでいう安定というのは、
毎月決まった給料を貰い続けるという意味ですね。

 

 

他にも財布の紐を閉めて貯金に励んだりもするはずです。

 

これはどんなリスクが降りかかっても対処できるように周到に準備しているわけです。

 

 

他にも老後のためだったり、子供の教育費だったりにそのお金を充てられるようにするのですね。

 

 

いつ何が起きても対処できるように周到に準備しておくというのは、とても堅実な考え方ですしむしろ正しいと思います。

 

 

ただ1つだけ重要なリスクを忘れている場合があります。

 

 

 

それがリストラや派遣切りです。

 

 

つまり突然の戦力外通告。

 

解雇ですね。

 

 

翌日から収入が0になると、それまで一生懸命に貯めた貯金を切り崩さなければならなくなります。

 

 

もちろんこの解雇のリスクも含めた上でそれまで貯金をせっせと増やしていたわけですが、もし解雇されたらその日から貯金は減っていく一方です。

 

 

日を追うごとに雪崩のように崩れていく貯金額を食い止めるためには、他に雇ってくれる企業を探さなくてはなりません。

 

 

実はこの雇われる生き方というのは、作り上げたものがいつ崩れ落ちるか予測不明ですから、将来の不安をいつになっても拭い去る事が不可能なのです。

 

 

 

リストラや派遣切りに合うのは自分の能力不足がそもそもの原因かもしれませんし、もしかすると上層部の誰かの気分かもしれません。

 

 

 

自分の能力不足ならまだしも、誰かの気分で自分達が窮地に追いやられるなんて悔し過ぎます。

 

 

でもこれが社会の仕組みなんです。

 

 

会社の存続のためには、必要ない経費はどんどん削減しなければ、その会社の行く末は倒産しかありません。

 

経営者側からすると、それだけは何としてでも避けなければならないミッションです。

 

 

必要ない経費というのは、会社運営でもっとも負担がかかる経費ですね。

 

 

それは言うまでもなく人件費、つまり従業員です。

 

 

役に立たなくなった、もしくは使えなくなった人材というのは、
あっという間に身ぐるみ剥がされて社会に丸腰で捨てられるわけです。

 

 

こちら側の都合など関係ありません。

 

家庭があろうが子供がいようが、会社側は容赦なく必要ない経費は切り捨てます。

 

 

 

最悪の事態から自分達の身を守る唯一の手段というのは、やはり自分ひとりの力でお金を稼ぎ出す能力だと思うのです。

 

夢を持って生きる

 

 

家庭を持った途端に、夢ややりたい事をすべて捨ててしまう人は多いと思います。

 

 

それでも中には何らかのきっかけで、どこかに置き忘れてきた夢や本当にやりたい事を思い出してそれに向かって突き進む人もいます。

 

 

若い頃に夢中になった趣味に没頭する人
急に世界が見たくなって旅に出る人
田舎に越して自給自足の生活を始める人
自分で商売を始める人

などなど…

 

 

 

ただほとんどの人は夢や本当にやりたい事を見てみないフリをして、また日常に忙殺されてしまうようです。

 

そして家庭や仕事に生きがいを求めるのです。

 

 

 

これは熱狂的な野球ファンの心理に似ています。

 

 

要は社会に揉まれるストレスと、思い描いた理想と現実のギャップですね。
その不快感を埋めるために、野球チームや選手の活躍に自分を重ねてしまうわけです。

 

 

そしてチームや選手の成績に一喜一憂するのですね。

 

 

 

それと同じように、どこかに生きがいを見つけなければ自分で居られない気がして、執拗に家庭や仕事に執着するわけです。

 

 

その結果、いつになっても親離れや子離れが出来なかったり、仕事に人生を捧げる考え方になるのではないかと、そう思います。

 

 

 

それよりもせっかくのたった1度の人生ですから、夢ややりたい事よりも不安が邪魔して動き出せないなんて、それはもったいないと思いませんか?

 

自分を押し殺して年だけ重ねるなんて、きっといつか後悔するような気がします。

 

 

 

やるかやらないかを迷った時は、迷わずやった方が結果的にうまくいく事の方が多いです。

 

 

 

それに『あの時こうしておけば良かった…』なんて、
65才でふと後悔したとしても、その年齢で出来る事というのは気力と体力と資金の面でも限られているはずです。

 

 

 

自分の夢を考える時に、
夢に日付がついたものが目標だ!』などといった理屈をこねくり回したような言葉など必要ありません。

 

 

20代でも30代でも、40代でも50代でも、とにかく夢は持ち続けていいと思うのです。

 

 

それが自分を動かす言動力になるのであれば、わざわざ夢に日付けなどつけなくても脳が勝手に夢を達成する回路を作り始めます。

 

 

 

 

PS.

 

 

何のための家庭か。

 

なんのための仕事か。

 

 

 

慌ただしい日常を送っているとそんな当たり前の事でさえも、考えるヒマなどありませんね。

 

 

 

でもそれらを明確にすると、どこかに置き忘れてきた夢や自分が本当にやりたい事というのが見えてくると思います。

 

 

わざわざ家庭や仕事に生きがいを見出さなくてもよくなります。

 

これはもっと楽に構えていられるという意味です。

 

 

やりかけの夢や本当に送りたかった人生というのは、忘れているだけで実は自分が1番良く分かっています。

 

 

それを思い出す作業を意図して行わない限りは、運命が動き出す事はないのだと、そんな気がしています。

 

 

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