独立して自分の店を持つ

自分の店を持つ~第六章
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結局は両親と同じように僕も飲食業の道へと進むことになりました。

 

 

親が子供に与える影響は多大です。

 

 

飲食店を経営するようになってしばらくして気付いたのは、従業員と力を合わせて目標を達成しなければ売上げがあがらないという事実でした。

 

 

もともとひとりで行動するのが得意だった僕は、従業員教育というものに苦戦を強いられることになりました。

 

 

・同じことを何度も繰り返し伝え了承してもらう。いざ現場で実践すると失敗する。

 

・また仕事内容を1から伝え了承してもらう。さらにもう一度実践してもらうと何を考えたのか今度はまったく違うことをする。

 

・派閥を形成し、従業員同士でもめごとを起こすようになる。

 

・ようやく仕事ができるレベルまで育ったと思えばサクッとやめていく。

 

・予約でいっぱいの週末の稼ぎどきに突然やすむ。

 

・結果、店が開けられない状況になる。

 

 

このようなことが起こってくると人間不信にさえなってきます。

 

 

でも従業員が仕事ができないのは経営者の責任です。

 

 

やがて従業員の気持ちをまとめるのに労力を使い果たしてしまい、本来やるべき業務がおろそかになっていきました。

 

 

そんななか、当時付き合っていた彼女が店の金をすべて持ち出し姿をくらましてしまったのです。

 

 

経理はすべて信頼していた彼女に任せていたので、資金は完全にショート状態。

 

 

あまり思い返したくはないのですが、『人間の本質を知る事ができたのは彼女のおかげで逆に感謝すべきだ』と、そう口に出してそう頭と心に言い聞かせなければ正常ではいられませんでした。

 

 

 

 

それでも独り身の男の生活などどうにでもなるものです。

 

 

借入をおこないなんとか持ちこたえることはできましたが、今度は席を置いていた8人の従業員が一斉にやめてしまい店が開けられない状況になりました。

 

 

客足や売上はわりと順調でしたが、従業員がいなければそもそも店を開けられない。

 

 

店舗型ビジネスのリスクを痛感した瞬間でした。

 

 

『浅はかな知識ではビジネスの世界では戦えない。』

 

 

この時期から『なにかひとりで出来る商売はないか?』と、ぼんやりとですが考えるようになりました。

 

 

やがて結婚を期に子供が生まれ、より一層仕事に精をだしました。

 

 

ところが仕事を頑張れば頑張るほどにヒマがなくなり気持ちの余裕も失くなり、どんどん不自由になっていきました。

 

 

朝から晩まで仕事しているせいなのか、子供は知らないあいだに大きくなっていきました。

 

 

飲食店は結局5年間経営しましたが、リアルビジネスでの事業拡大の夢はあっさりと捨てました。

 

 

正直、独立に失敗したばかりで意気消沈していて、この頃はとても無気力な精神状態。

 

 

ようやく見え始めた陽の目がバッサリと途絶えたことで、しばらく起き上がれない日々が続きました。

 

 

『こんなはずじゃなかった。』

 

 

死んでるのか生きてるのか分からない目で天井を見つめるしかない男のみじめさといったら分かってもらえるでしょうか。

 

 

それでも「家畜のような扱いを受けるから雇われちゃダメだ」という信念だけは揺らぐことはありませんでした。

 

 

その頃になるともうひとりでできる仕事しかやらないと決めていたので、ネットや本で仕事を模索しはじめました。

 

 

しかし出てくる情報はどうもうさん臭くキナ臭いものばかり。

 

 

あきらめかけていたそのとき、たまたまクローゼットに山積みにされていた数冊の本のなかから買い置きしておいた本が目にとまりました。

 

 

当時はその後の人生が大きく変化するハメになるとは知るよしもなく…。

 

最終章~ネットからの収入で生活~雇われる事への絶望へつづく

 

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