幸せが怖い!?幸せ恐怖症は一種の呪いなんです

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幸せ恐怖症は一種の呪いなんです

 

 

幸せ恐怖症という呪い

 

 

朝起きてから何の義務もない毎日。

 

 

30代で就職もバイトもせず平日からフラフラするのにはもう慣れましたが、通勤やドデカい目覚まし時計や長時間拘束や会社という存在が人生から消えただけでも自分は幸せなのかもしれません。

 

 

でも数年前までは、何か嬉しい出来事が起こると幸せを感じると同時にその幸せを失う恐怖に支配されていました。

 

 

幸せを噛みしめる時間よりも、幸せを失う恐怖におびえる比重が大きくなっていたのです。

 

 

例えばこんなふうに↓

 

 

【自分はこんなに幸せでいいんだろうか?】

 

【幸せな自分が何だか申し訳ない】

 

【幸せすぎると怖いからたまには不幸も味わっておこう】

 

 

最終的にはこうです。

 

 

自分は親や友達や仕事仲間より幸せになってはいけないんじゃないか?

 

 

・・・なんとも窮屈な考え方ですね。

 

 

幸せだと感じたのなら、素直に受け取ればいいのに。

 

 

もはやこれは、幸せ恐怖症という呪いですね。

 

 

幸せ恐怖症という呪いの特徴は以下です。

 

 

幸せになればなるほど不安が大きくなり、あわてて悪いことばかり探して安心する。

 

幸せを感じることが出来ない原因が自分の心であることに気がついていない。

 

親から認められたり、親と一緒に幸せを噛みしめた経験が乏しい(ほめられた経験が乏しいなど)

 

自分は幸せになる資格がないと思い込んでいる。

 

愚痴を言い合える友達がいて、その友達と傷をなめ合いスッキリする。

 

 

もしあなたがこれから社会に飛び込む前の状態なら、まだまだ周りの大人の影響が大きいはずですし、学校教育のすり込みが解けきってない状態がほとんどですから理想と現実のギャップを目の前にして、心を上手にコントロールするのが困難な場合があります。

 

 

ですのでひとまず幸せを受け入れる方法があると胸に留めておきながら、社会に出て何だかおかしいと気付いた日にじっくりと、自分には幸せを受け取る権利があると自身を教育していくといいかもしれません。

 

 

あわや40代や50代、あるいは60代や70代でも、気付かない人は幸せの正体に死ぬまで気付かないので、出来るだけ早い内に脳に幸せ受容体を作っておきたいところです。

 

 

・・・と、エラそうなことを言いながら自分もまだまだ不安に支配されることが度々あります。

 

 

感情というのは、本当にやっかいですね。
でも感情があるからこそワクワクを追求できるのかもしれません。

 

 

ちなみに僕は目の前に用意された幸せは、遠慮なく受け取る事にしています。

 

 

しかし幸せを受け取ると同時に、幸せ失ったらどうしようという不安がチラつくわけです。

 

 

この不安を手放す事こそ勇気がいるわけですが、いざ捨ててしまえば意外に心地いいものです。

 

 

例えばランチを目の前にして『いただきます』と合唱したら遠慮なく、目の前のランチを口に運べばいいのですよ。

 

 

実は幸せを遠慮なく受け取るというのは、ランチを食べるのと同じくらいに普通の事なのですね。

 

 

考えてもみてください。

 

 

ご飯を食べるという普通の事を、誰に遠慮する必要があるでしょうか?

 

 

せいぜいネチャネチャ食べない事くらいですよね?

 

 

そのくらいシンプルで単純にとらえると、もっと気楽に生きていけるのかもしれません。

 

 

こんな世の中だからこそ、気楽に構えてないとそのうち疲れちゃいそうです。

 

 

周りの誰かに遠慮して、目の前に用意されたチャンスや幸せを自分の手で破壊するなんて、もはやモッタイナイの極みですね。

 

 

心配いらない。

 

不安なだけでは、人は死なない。

 

ごとうやすゆき

 

 

 

PS.

 

 

ここ沖縄の日中は強烈な陽射しのおかげでまともに歩けたものではありません。

 

 

5分も歩けば汗だくになり、陽射しと南国特有の湿気で一気に消耗します。

 

 

でも夕暮れ時になると涼しくなり、体も気持ちも活動的になります。

 

 

海辺で夕陽を眺めるオジサンや、引き締まった体の外国人カップル、幸せそうな家族連れがポツリポツリと外出し始めています。

 

 

それに便乗して僕も散歩に出かけるわけですが、海を独り占めできる散歩道を発見しました↓

 

 

この一本道が海沿いを1キロほど伸びています。

 

 

綺麗に整備されてるのに人がおらず貸切状態↓

 

軽く汗ばむくらいが健康的でいいです。

 

 

 

 

一本道を抜けると瞑想スポットを発見しました↓

 

 

 

右を見ても・・・↓

 

 

 

左を見ても誰も居ません↓

 

 

 

ひとまず適当な石に腰かけて、1時間ほどボーっとします↓

 

 

 

太陽と青空と海と波風、それに緑。

 

 

もうすべてが心地いいです。

 

 

ひとまずやることが100個出来たので、全部味わおうと思います↓

 

 

 

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