【この世の真実】この世界は情報操作と洗脳でできている

【この世の真実】この世界は情報操作と洗脳でできている
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【この世の真実】この世界は情報操作と洗脳でできている

とにかく傷つかないために虚勢を張り散らし、人の話もロクに聞かず、ひたすらに自分の世界にどっぷりと首までつかりきる。

 

 

「だれも自分のことなんてわかってくれない」と心を閉ざし、精神世界をただたださまようだけで1日が終わる。

 

 

どんよりくもった気持ちのまま、また同じような朝をむかえ昨日と同じように精神世界をただたださまよい、また昨日と同じように1日が終わる。

 

 

それでもいっちょ前にご飯はたべるしシャワーも浴びる。
そんな自分にときに嫌気がさす。

 

 

そうしてどんどん小さな世界に引きこもるけれど、一向に出口が見つからずやがて手も足も出なくなり、日々を消化するだけでただただ時間だけが過ぎてゆく。

 

 

あまりにもうまくいかない現実に何度も打ちのめされ、荒んだ心で生きていた過去が僕にはあります。

 

 

考えてみればそれは自分の心に潜む闇を無理やりほじくり出し、被害者ぶっていた方がこの世を生きるのが楽だったからなのかもしれません。

 

 

過去を思いかえしてみると、僕の人生は曇り空で埋め尽くされていたと思っていたのに、実は晴れた日もたくさんありました。

 

 

10代の頃は時給50円アップすれば飛ぶように喜んだときもありますし、バイト先の社長に「君の顔は2度と見たくない」と言われクビを切られたときはまたしばらく心が荒みました。

 

 

良いときもあればそうでないときもある。

 

 

もしかするとその連続が人生なのかもしれませんが、目のまえのできごとにただ反応して心の深くまで腐らせてしまうと、人はとんでもない方向へ進んでしまう場合があるので注意しておきたいところです。

 

 

特に僕の場合は親や教師や会社や上司に認められたい、褒められたい、とにかく周りに自分を承認されることが当時の人生の目的となっていて、人生の成功とは「人に認められる事」だと信じていたのかもしれません。

 

 

競争に勝つことや誰かと自分を比べて優越感にひたること、要は承認欲求や自己啓示欲などそんな浅はかな欲求を追いかけ続けていました。

 

 

それはまるでゴールのないマラソン。
追いかけても追いかけても決して満たされることのない欲求。

 

 

しかし、その浅はかな欲のさきに僕が本来のぞんでいた人生の成功はありませんでした。

 

 

身近な大人や学校や社会から賞罰教育をモロに受けたら、「承認欲求」というやっかいな欲がついてまわることになりました。

 

物事をむずかしくするのはいつも自分だった

 

実は人生の成功とは、人の数だけ答えがあって当たり前です。

 

 

「人生の成功とは○○でなければならない」なんて、それはただのバイアスがかったウソです。

 

 

たとえば偏差値40の人向けに編集されたテレビでは、お金をたくさん持って高級インテリア収集やタワマンや高級車を買ったり、キャバクラやホストやクラブで豪遊するのが成功者だと毎晩のごとく垂れ流されています。

 

 

これはポッと出の成金特集や、セレブ芸能人の自宅公開などが分かりやすい例ですね。

 

 

要は、ハイブランドで着飾ってラグジュアリーカーを買って家庭を持ち、巨大な家を買うためにお金をたくさん使いなさいという情報が偏差値40の人々むけに流されているわけです。

 

 

情報操作と偏向報道ですみずみまで汚染されたメディア。

 

 

そのメディアが意図的に作りあげた幻想に憑りつかれ、宝くじを給料の半分以上をつぎ込む人もいます。

 

 

周りの経済的成功者に感化され、お金儲けのためにビジネスを無理に拡大しすぎて、お金儲けするつもりがお金で人生がガンジガラメになる人もいます。

 

 

見栄や欲にかられ、不相応のブランド物や高級車を買い、若いうちに借金まみれになる人もいます。

 

 

死ぬまで貯金で終わる人もいます。

 

 

現状に何の疑問も抱かず死んでいく人もいます。

 

 

情報に踊らされるというのは、実は非常におそろしいことなのかもしれません。

 

 

とくに現代の超情報社会では、「真実とはいったいなんなのか?」「いったい何を信じればいいのか?」、これらがわからなくなっています。

 

 

何が正しい行いなのかさえも、わからなくなっているのです。

 

 

ところが僕たちの人間心理は数100年前からなんら変わっておらず、技術だけが猛スピードで進化しているだけの話なのです。

 

 

ではいったい真実とは何なのか?
いったい何を信じればいいのか?

 

 

実は真実とは自分が信じたこと、それがこの世の真実です。

 

 

信じるべきものは自分がどんなふうに生きていきたいか、つまり信じるべきものは自分の夢や希望や可能性や理想の未来です。

 

 

今も昔もなんら変わっていませんが、信じる情報や信じるひとを間違えると、とんでもないところへ行きついてしまうのがこの世に仕組まれた本当の意味での罠なのかもしれません。

 

 

過去に芯まで荒んでしまった自分がいかに世の中の情報に踊らされ、そしていかに搾取されてきたかに気付いたときはさすがにショックでしたが、同時に脳みそがスパークしたのを覚えています。

 

 

世の中には知らないほうが幸せなことがたくさんあります。
しかし知らないままでいると損することばかり、それが人の世です。

 

 

僕の場合は1度きりの人生をどこかの誰かに搾取されるのが本気で嫌でした。

 

 

自分の心に他者がズカズカと土足で入ってくるのが死ぬほどいやで仕方がありませんでした。

 

 

そこで自分にとって理想の未来をとことん追求したり、自分らしく生きられる世界を求めて求めて求めた結果、世の中のカラクリが明らかになりました。

 

 

真実を知ってしまうことでときにふさぎ込んでしまうことなんて誰だってあります。

 

 

でも下を向いてふさぎ込んでばかりいたら、どこかの誰かがポンと投げてくれたチャンスさえも見逃してしまいそうです。

 

 

たとえば車ならヘッドライトを照らしつづければ、漆黒の暗闇だとしてもどこへだってたどり着くことができます。

 

 

あたりはすっかり夜だとしても運転席に乗りこみ、エンジンをかけ、スイッチをクルッと回せば一瞬でライトがつきます。

 

 

ここで考えておきたいのは、ヘッドライトがわずか10メートル先さえ照らし続けてくれれば、それこそ北海道から沖縄、あるいは世界中どこへだってどれほど闇が深くともたどり着けることです。

 

 

それは僕たち人間も同じです。
僕たちひとりひとりが光るから曇りが晴れて前が見えるし、強くまえへ進むことができるんです。

 

 

もし今、光る元気がないのなら、休養が必要な時期なのかもしれません。

 

 

そんなときは自分をとりもどすためにちょっぴり休めばいいんです。

 

 

休むことに罪悪感なんて不要です。

 

 

真剣に休めばやがてまた光りたくなる時、歩き出したくなるときがきっとやってきます。

 

 

自分にまだ眠っている秘められた可能性、その可能性を開花させるまでは夢や希望や可能性を捨てるなんてもったいないです。

 

 

僕たちにまだ眠っている可能性の芽は、自分があきらめない限りは静かに生き続けているのです。

 

 

いずれにしてもこの世に真実など存在しません。
あなたが信じたことがこの世の真実です。

 

 

何を信じればいいのか分からなくなったなら、もう1度だけ自分を信じてみればいいんです。

 

 

もし誰かを信じてみたくなったなら、一時的な憧れや損得をぬきにしてその人の話にあなたが心から共感できるかで判断されるといいと思います。

 

 

何にも縛られず自由に生きたいならそれが真実。
自由をあきらめたいならそれも真実。

 

 

すべては僕たちの考え方次第です。

 

 

きっとできるはずです。

 

 

実は生きることは非常にシンプルです。
難しくするのはいつも自分でした。

 

 

僕らはある日から「就職して24時間365日死ぬまで働け」と学校や社会で徹底的に教育されますから、この世のカラクリが透けて見えるようになるには学ぶしか方法がありません。

 

 

しかし、1度この世の仕組みがわかってしまえばあとは生きる事もお金儲けもそう難しくないことがわかるはずです。

 

 

PS.

 

 

過去は変えられないですし、未来なんてわかりません。

 

 

だとすればもう、「今」を生きるしかないのかもしれません。

 

 

先が見えず不安でどうしようもなくなるときがあっても、それが当たり前です。

 

 

不安を感じられるということは、まだまだ人間らしさ(自分らしさ)が残っている証です。

 

 

自分らしさを捨ててマニュアル通りの人生を歩み、機械的な言葉を吐きながら死んでるのか生きてるのか分からない顔で人生のすべてを消化するなんて退屈だと思いませんか?

 

 

未来を信じ、自分を信じ、目のまえの現実を少しづつ塗りかえればいいんです。

 

 

自分を周りの誰とも比べず、自分が決めた道を自分のペースで歩き続ければそれでいいんです。

 

 

1歩1歩あるきつづけたなら、きっとたどり着けるはずです。

 

 

外では明るく振る舞っているひとにも、心の奥底では小さな闇をかかえているものです。

 

 

文句や陰口を言われて傷つかないひとなんてこの世にいません。

 

 

いくら強そうに見えても、人はみんな繊細な心を持っているものです。

 

 

しかし心の奥底にある闇を自分でほじくり返し、闇で心まで支配されないためには今を一生懸命に生きることが大切ではないかとおもいます。

 

 

闇を忘れてしまうほどに毎日をワクワクしながら生きることです。

 

 

悩みや苦しさなんてこれまでにたくさん受け取ったはずです。

 

 

もうそろそろ悩みや苦しみを手放してみてもいいのではないでしょうか?

 

 

そうすれば両手があきますから、新しい未来を両手に持って、また歩きだすことができます。

 

 

ひとりで下を向いて悩まず、腐らずあせらずだれも憎まず、この先の人生では自由とハッピーだけを受けとると決めたなら、それでもう人生成功したようなものです。

 

 

自分の思うとおりに自由にデザインできる人生を目指すというのは、とてもステキな生き方だと思います。

 

 

国や会社に頼らず僕らは自由に生きていく

 

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