チャンスを逃すのは不幸になるより恐ろしい!?

 

希望をもつというのは、それを失う危険を犯すこと。
愛するというのは、愛されないという危険を犯すこと。

 

約束するというのは、それを破られる危険を犯すこと。
生きるというのは、死ぬという危険を犯すこと。

 

何かに挑戦しなくなった時、人は心配ごとから解放されるかもしれません。

 

でも学ぶことも感じることも、変わることも愛することも成長することも生きるすらも出来なくなってしまうでしょう。

 

チャンスを逃すというのは、未来を恐怖という漆黒の闇に閉ざしてしまうことなのです。

 

Seven Powers(セブンパワーズ)著者…アレックス・ロビラ

 

10代の頃に人の道を外れて、毎晩のように夜の街を徘徊していたころ。

 

 

僕は人生を変えられるはずのチャンスをあえて見逃したり、やってきたチャンスを見て見ないふりをしていました。

 

 

人生に迷いくすぶっていた自分を変えるチャンスを、親や周りの人たちや環境が与えてくれていたのに、そのチャンスを受けとることは過去の自分を全否定することだと勘違いしていたんだと思います。

 

 

そして何より、自分や自分の人生が変化していくのが怖かった。

 

 

おそらく自分や人生が変わることに、強烈な恐怖を感じていたんだと思います。

 

 

それにできることなら波風立てないで生きてくほうが楽ですし、自分であれこれ決めるよりも誰かに与えられたことを頭を使わずこなしていた方がとにかく楽です。

 

 

チャレンジしなければ失敗しませんし、傷つくことも少なくて済みます。

 

 

ただ流されるままに、今が楽しければそれで良いと考えていたんです。

 

 

そんな中で父親の経営していた会社が破産し、僕らは一文無しになったのでした。

 

 

チャンスは今すぐ掴みとるべき【成功のために食事のしかたも変えました】

 

電気は止まりガスも止められ夕飯の目途もたたない一文無しの日常では、今すぐその現状を打破する必要がありました。

 

 

母と姉は家を出て父親とふたりきり。

 

 

長年経営者として生きた父親の中に、就職という文字はありませんでした。

 

 

生まれて初めて正面から父親と向き合えた時間でしたが、そんなことより人生を変えるチャンスをまさぐり、とにかく人生を変える活動を行わなければ食べていけない状況。

 

 

このまま生活保護でも申請して楽に生きてくことも出来たのでしょうけど、僕らのなかにその選択肢は1ミリも存在しませんでした。

 

 

『これは何らかの試練だ!』
『ピンチこそチャンスだ!』

 

 

綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、そうでも言い聞かせない限りやってられない状況だったんです。

 

 

こんな悲惨な10代の思い出は今でこそ笑い話になりましたが、この経験のせいかチャンスを掴み、それを絶対に逃さないことに異常に執着するようになりました。

 

 

バカげた話かもしれませんが、食事の仕方も変えました。
最後に残してたはずの好きな食べ物を、とにかく1番に口に入れるようになりました。

 

 

日常でも人生を変えられるチャンスかもしれないと少しでも感じたら、その日にチャレンジするようになりました。

 

 

『今はそのタイミングじゃないかも?』なんて、ただのやらない理由探しを辞めにすることにしました。

 

 

『明日やろうはバカ野郎』を地で行くことにしました。
『自分にはできないかも?』と、勝負するまえから負けてる自分が許せませんでした。

 

 

『○○がもう少し落ち着いたらやってみよう』なんて、ただの逃げだと気付きました。

 

『なんか自分がダメ人間に思えてきた』、それはただの弱い心が生んだ呪いだと知りました。

 

『せっせと貯金して老後に備えよう』なんてせこいこと考えず、自分に投資して貯金よりも圧倒的にはやく目標金額を集めたほうが賢いと知りました。

 

 

多くの人(自分も含めて)は目のまえの快楽を優先して、人生を変えるための最も重要な活動を先延ばしにします。

 

 

そうして気付けば来週も来月も、3か月後も6か月後も1年後もなんの変化のない、暮らしにまみれた退屈な現実が横たわるのです。

 

 

気付けば年だけ重ねていてなにも変わってない現実と、何のスキルも身についてない自分。
そして日常の下敷きになるだけの未来への不安。

 

 

残念ですが、それはぜんぶ自己責任です。

 

 

過去が今の自分を作るなら、いま僕らの活動がそのまま未来に直結します。
だとしたら行動しないことこそが、リスクだと思いませんか?

 

 

それに人それぞれ、チャンスを掴むべきタイミングというのは偶然にはやってきません。

 

 

チャンスはここぞという時に突然やってくるものだと感じます。

 

 

つまり僕らが人生を変えれるだけの器が備わったタイミングと同時に、チャンスがやってくるわけですね。

 

 

チャンスがやってくるというのは、
『○○をやってみたい!』と思えた時です。

 

 

それでも行動できないのは、失敗や損失の恐怖が僕たちの成功を邪魔しているからに過ぎません。

 

 

恐怖は見ないふりしたり無視するよりも、素直に受け入れた方がいくらか楽になれます。

 

 

もしかするとあなたは今、目のまえのチャンスに気付いているのかもしれません。

 

 

なぜ今、あなたの前にその情報がやってきたのか?

 

なぜ今、あなたの前にその人が現れたのか?

 

なぜ今、その人の話を聞いているのか?

 

あなたはなぜ、そうしたいと思ったのか?

 

 

もうお分かりかと思います。

 

 

’’今’’こそがチャンス、まさに絶好のタイミングではないでしょうか?

 

 

~あとがき~

 

 

人は日常で、自分と他人を比べながら生きています。
これを相対性の法則と言います。

 

 

たとえばテレビでお金持ちやセレブが住む豪邸や高級車が紹介されたり、自分よりアクティブで成功してる友人をリアルやSNSなんかで見ると羨ましいと思いますよね?

 

 

『彼(彼女)はいいよなあ、楽しそうで』

 

 

こんなふうに羨望や枯渇感にさいなまれます。

 

 

反対に貧乏大家族の日常を見たり、自分より明らかにスキルも収入も劣る友人を見ると、
『自分の方が彼(彼女)より優秀だ』と優越感に浸ります。

 

 

他にも貧しい国の子供たちを見ると、
『日本に生まれて良かった』と、そんなふうに優越感に浸ります。

 

 

実はこの罠にはまると自由に生きていくことが不可能です。

 

 

いくら4つの自由を手に入れても心が自由でなければ、いつになっても満たされる日が訪れないのですね。

 

 

人生を変えるチャンスを絶対に逃さないのはもちろん、心を自由にするチャンスも逃したくないものですね。

 

 

~あとがき2~

 

 

あなたの人生の主人公は親や教師や会社の上司や部下や友人や恋人ではなく、あなた自身が主人公です。

 

 

いつまでも引き立て役やわき役に徹していないで、そろそろ主役になってもいいのではないでしょうか?

 

 

僕らに眠っている可能性は子供と同じで無限大です。

 

 

『もう年だしチャレンジする気力も無いよ』

 

↓↓

 

年を重ねるのと比例して可能性がなくなっていくというのは大嘘です。

 

 

『○○がやりたい!』と思えた時が、チャンスが巡ってきた瞬間です。

 

 

少しでもワクワクしたら、今が動き出すタイミングなのかもしれません。

 

失敗する者よりもあきらめる者のほうが多い
ヘンリー・フォード

 

 

 


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